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ニッチな音楽好きにとって、本当に便利な時代になりました
。
浜松の田舎(注: 田舎の浜松ではない)で中学時代をすごした僕と音楽との出会いは、sunboyと読みふけった「音楽専科」や「ミュージック・ライフ」などの音楽雑誌、週末の洋楽ヒットチャートのFMラジオ(番組名は忘れた)、そして、年に何枚か買ったLPレコードを擦り切れるほど聴くことでした。
それが今では、LPのアナログ音源からCDのデジタル音源へ変わり、PC、インターネット、iTunes、iPod、光ネットワーク、YouTube、iPhoneで徐々に加速し、今年の初めにsunboy(今でも親友)が企画した飲み会でイケメン・サーファーのあとむくんに教えてもらったiPhoneアプリ「ooTunes Radio」で劇的に変わりました
。
そもそも、この記事を急に書こうと思ったのは、下記の記事からでした。
- 日経トレンディ > “エアチェックブーム”再び!? 「ラジオ」がネット配信で蘇る
KDDIは、「ラジオ離れが進んだことで、音楽と出合う機会が減っている。FMラジオは、最新の音楽を幅広く聴けるコンテンツの宝庫。思いがけない音楽との再会もある」(メディアビジネス部の藤田哲史課長)と話す。
うんうん、まったくその通りだと思います。
そして、「電子書籍の衝撃 / 佐々木 俊尚」で、「音楽のアンビエント化」として紹介された下記の記事を読んだ時も、本当にそうだなぁと思いました。
私の考えでは、もはや音楽に歴史というものはないと思う。つまり、すべてが現在に属している。これはデジタル化がもたらした結果のひとつで、すべての人がすべてを所有できるようになった。レコードのコレクションを蓄えたり、大事に保管しなくてもよくなった。私の娘たちはそれぞれ 50,000枚のアルバムを持っている。ドゥーワップから始まった全てのポップミュージック期のアルバムだ。それでも、彼女たちは何が現在のもので何が昔のものなのかよく知らないんだ。例えば、数日前の夜、彼女たちがプログレッシブ・ロックか何かを聞いていて、私が「おや、これが出たときは皆すごくつまらないといっていたことを思い出したよ」と言うと、彼女は「え?じゃあこれって古いの?」と言ったんだ(笑)。彼女やあの世代の多くの人にとっては、すべてが現在に属していて、“リバイバル”というのは同じ意味ではないんだ。
あの時その時で、音楽への熱中度合いにムラもあるし、好きなジャンルも変わっています。だから、ooTunes Radioで好きなジャンルの音楽だけが流れるチャンネルを聴いていると、何年も前に発表された曲が僕の前に突然現れて、新鮮に聴くことができます。
ooTunes Radioにハマって、たくさんの音楽に出会い、たくさんのCDを買ってしまいました。ん?、ダウンロードではなくCDを買うってとこで、僕はイーノの娘さんたちや僕の子供たちと世代ギャップを感じちゃうなぁ
。

Come on Up / Brian Culbertson ブライアン・カルバートソン (2003)
さて、この記事の最初の画像は、ooTunes Radioで僕のお気に入り 181.fmのスムースジャズ(Smooth Jazz)専門チャンネル The Breeze を聴いている時に、ちょうど流れたブライアン・カルバートソンです。
音に対して動画が遅れている気がするのは僕だけ?
書籍も音楽同様の道をだどるのか?僕はiPhone(電子書籍)で読みましたが、とても面白かったです。

コメント
コメント一覧 (2)
親友だった君からいろんな音楽を教わりました。
あの頃僕はいつもNojeeの背中を追いかけていました。今も君の背中を追い続けていますよ(笑)。
中々追い越せないね。
そして今あの頃(70年代)のCDを買いあさっています(笑)。
そう、今日佐鳴湖を自転車で走っていたら、ケチャップのM井君と偶然に会いました。彼も昼間佐鳴湖ツーリングしているらしいです。Nojeeの話で盛り上がりましたよ。またみんなで飲みたいですね。
コメントありがとです。
30数年前とは比較にならないほど変わりましたね。
手持ちのレコードをデジタルに変換する機材を買いましたが、
1枚テストして、あまりの大変さに断念しました
我々はアナログもデジタルも知っている良い時代に生まれたんでしょうねぇ。
(M君のとこには時々行ってます)